先生と呼ばれる僕が気を付けていること

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こんにちわ。

こう見えて(どうみえて??)僕は10代の頃からとあることで子供たちから先生と呼ばれています。

先生と呼ばれるということはつまりなんらかの教育者ということです。
最近「先生」と呼ばれる人間が犯罪に手を染めたという事件をよくニュースで耳にしますが
情けなくて仕方がありません。

今回は自分が教育者として心がけていることを書いていきたいと思います!

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どんな形であれ先生

まず言っておきたいのは自分は学校の先生ではありません。
とあるスポーツの先生をやっています。
そして自分の指導に関してのお金は一切発生していないのでボランティアです。

しかし先生は先生。学校の先生だろうがスポーツの先生だろうが全て同じです。

そして自分にもまた先生と呼ぶ人間が存在します。
個人的にはこの自分尊敬して呼ぶ「先生」に似ていく気がします。
そして自分もまた生徒たちに尊敬される先生でないといけないと思っています。

対象の違い

教えるのは自分ひとりですが、教わる人間は大人から子供まで多数います。
大人と同じように子供に教えてもうまく伝わるわけがないですし、その逆もまた同じです。

子供の場合

子供と言っても幅広いですが、小学校高学年くらいになるとそれなりに吸収しようという姿勢が出てきて、話を聞く姿勢もしっかりしてきます。
しかし低学年の子供達は大体が親御さんに「行きなさい!」と言われて習い事に来ていると思います。
つまり、嫌々来ている子も中にはいる状況で教えなければなりません。

「楽しく」と「ふざける」

小さい子供たちに教える時に一番心がけているのは楽しくやるということです。

子供は楽しく感じることに興味を示します。なのでいかにその時間を楽しく過ごさせてやれるかというのが指導者の役目です。
ですが、そこで大きく立ちはだかってくるのは「ふざける」です。

あくまで指導の中で楽しくを目指していたつもりが一定のラインを越えてしまうとふざけだしてしまうのです。

ふざけたときはどうするか

そのまま楽しい時間に見せかけてふざけさせていれば、時間が経って練習が終わりますが、こちらは子供達を預かっている身です。
そんな生半可な気持ちで子供たちを預かっているわけではないので自分はかなりきつく怒ります。

勿論ふざけさせてケガでもしようものなら大変なことなので、ケガをしてほしくないという気持ちもあるのですが、根底には子供たちの貴重な時間を無駄にさせたくないという思いがあります。

時間は”有限”

人間というもの生まれたら死ぬまで時間が限られています。これは大人だろうが子供だろうか関係ありません。
特に小さい子の場合はこの貴重な時間が人生を左右するかもしれません。自分の指導した子が後々オリンピックに出るとかになれば人生一変しますよね。そうでなくても、小さい頃からしている習い事で進路が決まったというのもあり得る話です。極端ではありますが、それだけ教育者は重要だと自分は認識しています。

楽しくなければ上達しない

子供達って楽しいことはどんどん上達していきませんか?

例えば、学校の勉強嫌いな子ってなかなか勉強もしませんしテストでもいい点は中々取れませんよね?
でもそんな子がゲームはうまいなんてことありませんか?

ゲームだって始めてからクリアをするまでに勉強を繰り返します。

あのステージのボスを中々倒せない→レベルを上げてみよう。
レベル上げてもダメだ→装備を良くしよう。
前のステージでボス一度じゃ倒せなかった→レベルを十分上げてから行こう。

楽しいと思っているからそう認識はしていませんが、全て学習してやっていることです。

「楽しく」までが長い

大人の自分がこうして書き連ねる分には凄く簡単なのですが、これが凄く子供相手となると大変なのです。

本当に本当に長い道のりなのですが、意外なところでスイッチが入ったりします。
うちによくあるパターンは

大会で優勝したらママ・パパに褒められた!

これなんですね。

やっぱり子供たちにとってママとパパって凄い存在です。
ママに褒められたい一心で頑張るようになるんです。俺の頑張り~笑

それでも子供が楽しいと思ってくれるきっかけなのならばいいことだと思います。
そこに気付いた子は勉強も頑張ったりと相乗効果まであるんですよ!

スイッチが一度入ってしまえば、子供たちの上達って凄まじい物なのであとはしっかり教えてあげるだけですね(^^♪

大人の場合

教育者はまず教える時、いかに相手にうまく、効率よく伝えるかというのが大切だと思います。
勿論、教わる側も吸収する姿勢で挑んでくれないとどんなによい教え方をしても力にはなりませんが、今述べたことはある程度の大人に対しての教え方です。

ある程度の年齢になると教わる状況は大体が自分から作り出している状況なので、基本的には不真面目ということはありません。学ぼうとしてそこに来ていると思います。

身体がついていかない

大人になると体が硬くなったり筋肉が硬くなったり色々あります。
しかも昔は身体が動いたという人は尚更タチが悪い。

頭には昔の自分があるのに体は全く動かなくなってるもんです・・・。
頭では説明を理解できても体が動かなくてうまく教えてあげられないというのが一番の課題!

根気

しかし、大人になってから指導されるのはかなり新鮮です。
自分の意思で始めている人ならば上達出来た時や、好成績を収められた時など、嬉しさは子供の時より大きい!
自分ももう現役は退きましたが、大人になってからやるのって凄く楽しいんです。何かを求めてやってるからその何かを得たときの快感はたまりませんよ笑

なので根気よく、目標に向かって努力すれば必ず報われます!指導者はそのレールを根気よく作ってあげることが大事ですね!

大人同士ならではの関係

大人での先生と子供での先生とではまた少し関係も変わりますよね!
大人同士であるなら食事へ一緒に行って、普段では聞きにくいことなど聞けるのも大人の特権というやつです!
堅苦しくない指導者と生徒の関係を築くことが出来ればまた指導の質も上がります!

大人になってからは理解力がある分、対象者の能力を加味すれば子供よりは指導は難しくないと思います。

指導者もまた教育される立場

最後になりますが、僕は指導者・教育者であるものの、教えていく中で

生徒たちから学ぶ

ことを非常に大切にしています。

教育している側にいながら教育されているんですね。

教えるということはやってみると凄く難しいことです。
なにせ相手は自分ではないので理解力も違えば、解釈も違います。
いくら自分ではわかっていて、言葉で発していても相手は分かっていないことの方が多いです。

そういった中で

「伝わりにくかったから例え話を入れてみよう・・・」

とか

「実際に見せて伝えよう」

など繰り返して自分もまた指導者としての在り方を生徒たちから学んでいます。

終わり

この記事もまた自分のことを皆さまに「教える」だったのですが、まだまだ未熟だなと思います笑
中々すらすらと書けませんね笑

しかしこうして指導・教育についてを文字にしたことでまた少し在り方についてを振り返るいいきっかけになりました!これからもより一層良い指導者を目指していきたいと思います!

それでは!


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